未成年者の相続放棄|利益相反と特別代理人の選任手続き
相続放棄とは、亡くなった方(被相続人)の財産に対する相続権の一切を放棄することです。
プラスの財産よりもマイナスとなる借金が多い場合などに有効な手段です。
被相続人の財産だけでは借金の返済に足りないというケースで、相続放棄をせず、そのまま相続すると借金を負ってしまいます。
もし、亡くなった方に借金があった場合、相続放棄をしなければ、将来、子供にも多額の借金を負わせてしまうことになりかねません。
相続放棄するかどうかは、慎重に判断する必要があります。
未成年者の相続放棄は、成人が相続放棄するよりも注意すべき点が多数あります。
親権者であっても常に法定代理人として相続放棄の手続きを行えるとは限りません。
この記事では、親権者が未成年者の代わりに相続放棄の手続きを行える場合、行えない場合をケース別に例示して、詳しく説明していきます。
相続人の中に未成年者がいる場合の相続放棄について、ここで理解を深めて、正確な手続方法を把握しましょう。
1. 未成年の相続放棄手続きはできるのか?
未成年であっても相続放棄は可能です。
ただし、いくつかの注意が必要です。
相続放棄は法律行為です。
未成年者は、単独で自らの法律行為を有効に行うことができません。
そのため、法定代理人が代わりに相続放棄の手続きを行う必要があります。
未成年者の法定代理人は、原則的に親権者(両親)です。
未成年者が相続放棄をする場合、法定代理人である両親が代わりに行うことになります。
両親が婚姻していて、両親ともに親権がある場合は父母が共同して連名で相続放棄手続きを行う必要があります。
両親が離婚をしていて、父母のどちらかが単独親権となっている場合には、その親権者が単独で代理して相続放棄をすることになります。
また、両親が既に亡くなっている場合などは、未成年後見人が代わって相続放棄をすることとなります。未成年後見人は家庭裁判所で選任してもらう必要がありますので、未成年の方の親族や利害関係人が申立てをして手続きをする必要があります。
また、法定代理人である親権者と未成年者との間で利益が相反する場合には、別途、特別代理人を選任しなければならないケースもあります。
これについては、次の項「2. 利益相反とはなにか?」で詳しく解説いたします。
2. 利益相反とはなにか?
未成年者が相続放棄をするときに問題となるのが、「利益相反(りえきそうはん)」です。
利益相反とは、ある行為により、一方の利益になると同時に、他方への不利益になる行為のことです。
例えば、親と子供(未成年者)が相続人となる場合に、子供「だけ」が相続放棄する場合は利益相反となります。
子供が相続放棄をすることで、親の相続分が増えることになり、利害が対立するためです。
親権者と未成年者が利益相反の関係にある場合には、親権者はその子供の代理人になることはできません。特別代理人を選任する必要があります。
親権者が自分の立場と子供の立場の両方を意思決定できてしまうと、親権者が財産を多く相続したいがために、その立場を悪用して子供が相続するはずだった財産を取得することが可能となってしまうからです。
具体的に、利益相反になる場合、ならない場合をケース別にみてみましょう。
父親と母親と子供(未成年者)の3名の家族 父親が亡くなった場面 父親(被相続人)- 母親(相続人) |
【利益相反にならないケース】
母親と子供、両方が相続放棄をする場合
この場合は子供と母親の利益が相反しないため、母親が子供の法定代理人として、子供の相続放棄手続きを行うことができます。手続きの順番としては、まず母親が相続放棄手続きを行い、その後子供の相続放棄手続きを行うことになります。
【利益相反になるケース】
母親は遺産を相続し、未成年者のみが相続放棄をする場合
この場合は利益相反の関係になってしまうため、母親は子供の相続放棄手続きを代理することはできません。
子供が相続放棄するためには、家庭裁判所にて特別代理人の選任をしてもらう必要があります。
利益相反になる親権者に代わり、特別代理人が未成年の子の相続放棄の手続きを行います。
なお、親権者と子供の間で利益相反しているかどうかの判断は、行為の外形面のみで判断されます。
亡くなった方に借金があり、子供に借金を相続させないため、子供のために良かれと思って相続放棄を行おうとした場合であっても、家庭裁判所は行為の形式で判断するため、利益相反の問題が問われてしまいます。
3. 未成年の相続放棄手続きの流れ
相続放棄は、各相続人が単独で行います。
しかし、未成年者は単独で相続放棄の申述をすることはできないため、法定代理人である親権者が代理で申述します。
ただし、法定代理人である親権者と未成年者との間で利益が相反する場合には、別途、特別代理人を選任しなければなりません。
(1) 特別代理人の選任が不要なケース
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このような場合は、未成年者と親権者の間の利益が相反しませんので、原則どおり親権者が未成年者の相続放棄申述受理申立てをすることができます。
相続放棄ができる期間(いわゆる「熟慮期間」といいます)は法定代理人である親が未成年者本人のために相続の開始があったことを知ったときから3ヶ月以内です。
熟慮期間をすぎると原則、相続放棄ができなくなってしまいます。
この期間に間に合うように、家庭裁判所に対する申述を行いましょう。
【相続放棄の方法】
①申述先の管轄家庭裁判所の確認
相続放棄の管轄裁判所は、被相続人の死亡時の住所を管轄する家庭裁判所です。
②必要書類の準備
以下の書類が必要になります。
- 相続放棄の申述書
- 被相続人の死亡の記載のある戸籍(除籍、改製原戸籍)謄本
- 被相続人の住民票除票又は戸籍附票
- 子供の戸籍謄本
- 親権者の戸籍謄本
その他、被相続人と相続放棄をする人との親族関係によって、別途、以下の書類が必要になります。
【被相続人の孫・ひ孫などの代襲相続人(第1順位相続人)の場合】
- 申述人が代襲相続人(孫、ひ孫等)の場合、被代襲者(本来の相続人)の死亡の記載のある戸籍(除籍、改製原戸籍)謄本
【被相続人の兄弟姉妹及びその代襲者(おいめい)(第3順位相続人)の場合】
- 被相続人の出生時から死亡時までのすべての戸籍(除籍、改製原戸籍)謄本
- 被相続人の子(及びその代襲者)が死亡している場合、その子(及びその代襲者)の出生時から死亡時までのすべての戸籍(除籍、改製原戸籍)謄本
- 被相続人の直系尊属の死亡の記載のある戸籍(除籍、改製原戸籍)謄本(親権者除く)
- 申述人が代襲相続人(おい、めい)の場合、被代襲者(本来の相続人)の死亡の記載のある戸籍(除籍、改製原戸籍)謄本
※第1・第2順位の申述人が提出した戸籍謄本は省略できます。
③相続放棄申述書の提出
上記の必要書類の他、800円分の収入印紙(申述人1人分)、返信用郵便切手を提出します。
④裁判所からの照会に回答
相続放棄申述書を提出すると、1~2週間ほどで裁判所から照会書が送られてきます。
申述書と矛盾しないよう回答しましょう。
⑤相続放棄申述受理通知書の受取
相続放棄が認められると、裁判所から「相続放棄申述受理通知書」が送られてきます。
これは、正式に相続放棄できたことを証明する書類になります。大切に保管しましょう。
(2) 特別代理人の選任が必要なケース
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このような場合は、親権者が相続放棄申述をすることで未成年者に不利益が生じるおそれがあるため、特別代理人の選任が必要となります。
【特別代理人選任の方法】
特別代理人をつけるには、家庭裁判所に申し立てを行います。
親権者や利害関係人が申立人となり、子供の住所地の管轄の家庭裁判所に申し立てを行います。
特別代理人の候補者に資格は必要ありません。基本的に誰でもなることができますが、「未成年者の利益を保護する」という職務を適切に行える必要があります。
未成年者の親族であるかどうかも関係ありません。
たとえば未成年者の祖父母、伯父母などは特別な事情のない限り問題ありません。
また、親族に候補者がいない場合は、司法書士や弁護士などの専門家を特別代理人候補者とすることも可能です。
①申述先の管轄家庭裁判所の確認
特別代理人の選任申立ては、未成年者の住所を管轄する家庭裁判所です。
②必要書類の準備
- 特別代理人選任申立書
- 未成年者の戸籍謄本(全部事項証明書)
- 親権者又は未成年後見人の戸籍謄本(全部事項証明書)
- 特別代理人候補者の住民票又は戸籍附票
- 利益相反に関する資料
- 利害関係人からの申立ての場合、利害関係を裏付ける資料
必要書類のなかでも重要なのは「利益相反に関する資料」です。
特別代理人を選任してもらうには、裁判所にその理由や状況を説明しなければなりません。
利益相反関係にあるが、子供には相続放棄させる必要があり、特別代理人を選任しなければならない、といった内容を裁判所に説明するための資料です。
③特別代理人選任申立書の提出
上記の必要書類の他、800円分の収入印紙(未成年者1人につき)、返信用郵便切手を提出します。
④裁判所からの照会に回答
特別代理人候補者が照会書に必要事項を記入して返送。
⑤特別代理人選任審判書の受取
特別代理人に選任されると、裁判所から「特別代理人選任審判書」が送られてきます。
これは、正式に特別代理人に選任されたことを証明する書類になります。大切に保管しましょう。
一般的に、特別代理人選任の申し立てから結果の連絡がくるまで、約1か月程度かかります。
特別代理人は、家庭裁判所で選任された後、未成年者を代理して相続放棄の手続きを行います。
<参考:相続放棄の手続き方法|申請期限や流れなど詳しく解説>
4.未成年者の相続放棄手続き・特別代理人の申し立ては当事務所に依頼くださいませ
当事務所では、相続に関する手続きを専門的に行っています。
未成年者の相続は、一般的な相続よりも高い専門性が求められます。
未成年者がいるというだけで、相続手続きに家庭裁判所の関与が必要になってきます。
家庭裁判所や法務局、役所の各手続きは、それぞれが煩雑です。ご自身でやろうとすると、知識がなくとまどってしまう方も多くいらっしゃいます。
相続手続きを専門とする当事務所であれば、そういった煩雑な手続きを一括して対応することができます。
また、相続放棄には3ヶ月という期限があります。
3ヶ月ときくと、意外と余裕があると思えるかもしれませんが、故人が亡くなったあとの法要や、相続財産の棚卸し、必要書類の取り寄せなどを忙しいお仕事の合間に行わなければなりません。
忙しい日々を過ごしていると、3ヶ月はあっという間に到来してしまいます。
専門家に任せておけば、相続放棄が確実に認められるように着実に手続きが進むため、安心です。
相続手続きを専門とする当事務所には、相続について実績のある専門家が多数在籍しております。
相続手続きでお困りであれば、まずはお気軽な気持ちでご相談ください。
5. 未成年の相続放棄手続きの注意点・豆知識
(1)未成年者の相続放棄の期限
相続放棄の期間は、相続が開始したことを知った日から3ヶ月以内です。
ただし、未成年者の相続放棄については、未成年者自身ではなく親権者が相続の開始を知った日から3ヶ月以内となります。
親権者と未成年者が同居している場合は、同じタイミングで知ることになると思います。
親権者と未成年者が別々に住んでいる場合には、相続の開始を知るタイミングがずれることもあります。
法律を知らなかったからといって、裁判所がそれを理由に期限を過ぎてしまった相続放棄を認めてくれることは原則ありません。子供を守れるのは親権者しかできないということにしっかりとご注意ください。
(2) 次順位の相続人
相続放棄をすると、次順位の相続人が登場することもありますので注意が必要です。
相続放棄をするとはじめから相続人ではなかったことになります。そのため、次順位の相続人である被相続人の「両親や兄弟姉妹」が新たに相続人として登場することもあります。
遺産に借金があった場合は、次順位の相続人に請求がいってしまいます。
相続放棄をする際は、次順位の相続人にも事前に状況を説明しておくようにしましょう。
(3) 既に婚姻している未成年者の相続
未成年者が既に結婚している場合、婚姻によって成年として扱われるようになります。
相続放棄や遺産分割協議などの相続手続きも法定代理人や特別代理人等による手続きは不要で、未成年者自身が単独で行うことができるようになります。
(4) 胎児にも相続権がある
まだ生まれていない子どもにも相続権があるので注意しましょう。
通常、胎児には権利能力は認められていません。
しかし、相続については例外的に胎児にも認めると民法で定められています。
胎児は、相続については、既に生まれたものとみなす。(民法886条1項)
(5) 親権者がいない場合
亡くなったのが親権者だった場合など、未成年者に親権者がいないケースでは、亡くなった親権者に代わる法定代理人を選任する必要があります。方法としては下記の2つが考えられます。
①親権者変更の申立
離婚家庭で単独親権者であった母親が亡くなった場合などであれば、父親が「親権者変更の申立」を行い、子供の親権を獲得した上で相続放棄の申述を行うことが可能です。この場合、父親と母親は離婚しているので、父親は相続人にはならないため利益相反の心配もありません。ただし、父親の行方が分からない場合や、親権者となる意思がない、親権者として適切ではない場合などは次の方法による手続きが必要となります。
②未成年後見人選任の申立て
両親共にいない場合や、離婚家庭で残る片親が親権者に適していない場合には未成年後見人を家庭裁判所で選任してもらうことで、未成年後見人が子供に代わり相続放棄の申述を行うことが可能です。
まとめ
未成年者の相続放棄手続きは、原則的に親権者もしくは未成年後見人が行います。
未成年者と親権者が利益相反の関係にある場合は、特別代理人の選任が必要になります。
利益相反になるかは、親権者も相続放棄をするか、親権者が相続人であるかが判断ポイントになります。
このように未成年者の相続放棄手続きはケースによってその手続き方法が複雑であることからより高い専門性が求められる手続きです。お手続きの際には、できるかぎり相続放棄専門の司法書士、弁護士等にご相談されることをおすすめします。