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相続放棄の基礎知識

相続放棄の取り消し・撤回は可能?|認められる場合とその方法について解説

相続をすると、借金や負債も相続の対象になります。

もし、亡くなった方(被相続人)のプラスの財産(貯金や不動産など)よりもマイナスの財産(借金や負債)が明らかに大きな場合には、「相続放棄」をすることで、借金の相続から逃れることができます。

 

相続放棄をすると、初めから相続人ではなかったことになります。

プラスの財産もマイナスの財産も、どちらも承継することはありません。

 

しかし、相続放棄をした後になってからプラスの財産が見つかり「やっぱり相続放棄を取消したい」と思った場合、取消しは認められるのでしょうか?

 

相続放棄は原則として撤回・取消しはできません。しかし特定のケースに該当する場合は、例外的に「取消し」が認められています。

この記事では、一度した相続放棄をなかったことにする手段にはどんなものがあるのかについて解説します。

取消しが認められているケースについて詳しく事例を確認しましょう。

 

 

1.相続放棄を撤回することはできるのか?

相続放棄をした後から「やっぱり相続放棄をやめたい!」と考えることもあるかもしれません。

しかし、相続放棄の申立てをして、それが受理された場合は、たとえ熟慮期間内であっても原則として撤回、取消しはできません。

一度認められた相続放棄の撤回や取消しを許してしまうと、相続関係が複雑になり、他の相続人や利益関係者に不測の損害を与えてしまうかもしれないためです。

そのため、後になってから一度認められた相続放棄を撤回することはできないのです。

相続放棄するかどうかは、事前に慎重に判断しなければなりません。

 

しかし、一定の事由がある場合には、相続放棄の申述が受理された後でも、例外的に取消しができる場合はあります。

 

相続放棄を取り消すには、申請した者に落ち度やミスがなく、重大な勘違いなどがあったことを家庭裁判所に認定してもらう必要があります。

後になってからの心変わりや、財産調査もせずに「実は財産があったとは思いもしなかった」、などの理由では絶対に相続放棄の取り消しは認められません。

認められるのはごく稀なケースですので、十分な考慮をしてから相続放棄を申し立てることをお勧めします。

 

2.「撤回」、「取消」、「取り下げ」はそれぞれ意味が異なる!

「撤回」や「取消し」、「取り下げ」は、いずれも相続放棄の効果を無くす手段ではありますが、それぞれ法律的な意味が異なります。

それぞれの意味の違いについて確認していきましょう。

 

(1)撤回

相続放棄の撤回とは、相続放棄の申述が受理された時点では何ら問題がなく有効に成立したものの、後から何らかの事情の変更によって、その行為を将来的に解消させる意思表示をいいます。

相続放棄をした後で新たな問題が発生したので、相続放棄の効果を無くしたいというような場合です。

相続放棄の「撤回」は法律上、認められていません(民法919条1項)。

 

つまり、一度相続の放棄をした場合、後からの事情によって「やっぱりやめます」ということはできないということです。

 

(2)取消

相続放棄の取消とは、相続放棄の申述が受理された時点から既に問題があり、本来は受理されるべきではなかったのに受理されてしまったというようなケースで、受理時点に遡って相続放棄の効果を無くし、相続放棄の申述を初めから受理しなかったことにさせる意思表示のことです。

 

民法上、一定の理由がある場合には取消が認められています(民法919条2項)。

【相続放棄の取消しが認められる主な場合】

・未成年者が法定代理人の同意なく相続放棄をした場合(民法5条)

・成年被後見人本人が相続放棄をした場合(民法9条)

・被保佐人が保佐人の同意なく相続放棄をした場合(民法13条)

・被補助人が補助人の同意又は同意に代わる家庭裁判所の許可を得ないで相続放棄をした場合(民法17条)

・錯誤により相続放棄した場合(民法第95条)

・詐欺や強迫行為によって相続放棄することを強要された場合(民法96条)

・後見監督人が付いているにもかかわらず、後見人が後見監督人の同意なく相続放棄をした場合(民法864条、865条)

・未成年後見監督人が付いているにもかかわらず、未成年後見人が後見監督人の同意なく相続放棄をした場合(民法867条)

 

(3)取り下げ

相続放棄の取り下げとは、相続放棄の申述が受理されるまでの間に、申述自体を取り下げる方法です。

相続放棄の申述が受理される前であれば、いつでも取り下げることができます(家事事件手続法82条1項)。

 

相続放棄が受理されるまでには1ヶ月程度かかるため、その間に取下書を家庭裁判所へ提出することで取り下げ可能です。

取り下げが認められるのは、あくまで手続きが受理される前に限られます。受理後に取り下げは認められていません。

取り下げを検討している場合は、なるべく早く手続きをするようにしましょう。

 

相続放棄の申述が裁判所で受理された後になってからでは自己都合で撤回、取消しはできません。

これに対して、相続放棄の申述が受理される前であれば、新たな相続財産が見つかったり、気が変わったなどの自己都合による理由でも申述を取り下げることができます。

 

3.取消が認められるケース

(1)詐欺や強迫行為によって相続放棄することを強要された場合

・詐欺

他の相続人や第三者に騙されたために相続放棄をした場合は、取り消せる可能性があります。

 

・強迫

他の相続人や第三者からの強迫により危険を感じ、自分の本意とは異なる選択をして相続放棄をした場合は、取り消せる可能性があります。

 

(2)制限行為能力者が適切な手順を踏まず単独で相続放棄をした場合

制限行為能力者とは、判断能力に問題があったり、経験が乏しかったりすることにより、契約や法律行為に制限のある人のことを言います。

制限行為能力者が適切な手順を踏まず単独で行った相続放棄は取り消せます。

 

具体的には、以下のひとたちです。

・未成年者

・成年被後見人

・被保佐人

・被補助人

 

制限行為能力者はそれぞれ、同意や許可を得る対象が異なるため、注意が必要です。

制限行為能力者 同意や許可を得る対象
未成年者 親権者もしくは未成年後見人の同意
成年被後見人 成年後見人
被保佐人 「同意行為目録」の内容によっては、保佐人の同意
被補助人 「同意行為目録」の内容によっては、補助人の同意

 

(3)錯誤により相続放棄した場合

重要な錯誤(誤解)によって相続放棄を行なってしまった場合、非常に例外的ではありますが相続放棄の取り消しができる場合があります。

例えば、「多額の借金があり負債の方が多い」と思い込んで相続放棄をしたものの、実はそれが「重大な勘違い」だったので、相続放棄を無かったことにしたいというような場面です。

 

ただし、この方法で相続放棄を取消すのは、現実的にはかなり困難です。

相続放棄をした判断に重要な錯誤があり、かつ、本人に重大な過失がなかったことを証明する必要があります。

 

詳しくは次項「4.錯誤無効(取消)とは?」で解説いたします。

 

4.錯誤無効(取消)とは?

錯誤に関する規定は民法95条に定められており、簡単にいうと、勘違いや誤解に基づいて行われた契約などをなかったことにできる民法における救済措置です。

 

(1)旧民法では「無効」だった

2020年4月1日より以前の旧民法下では、相続放棄の申述が錯誤によって行われた場合、相続放棄の「無効」を主張することができると解釈されました。

 

① 旧民法95条では、錯誤状態に陥って為された意思表示は「無効」であると定められていました。
 
② 最高裁判所の判決で「相続放棄の申述についても民法95条が適用できる」と判示されました(最高裁判所第1小法廷昭和36年(オ)第201号)。

 

上記2点の理由により、相続放棄で錯誤があった場合、「無効」を主張することができました。

しかし、裁判所に「無効」である旨の申述をする手段はなかったため、無効の主張が必要な場合には別途、通常訴訟で無効を主張する必要がありました。

 

(2)改正民法では「取消」

2020年4月1日施行の改正民法では、錯誤による契約を、「取り消すことができる」と規定しています。

 

しかし、ただ単に「勘違いでした」で取消しにできるわけではありません。

錯誤無効や取消しについて、いくつかの判例はありますが、認められたケースはあまり多くありません。

 

錯誤取消が認められた事例でも以下のような事情が斟酌され、微妙な難しい判断がなされています。

・誤解をした事情が相続放棄申述書に記載されるなどして表示されていた

・錯誤が相続放棄を取消しうるほどの重大な影響をもたらした

・相続放棄をした人が十分な調査を行っていたなど重大な過失がなかった

 

錯誤による取消しを主張したいのであれば、証拠を揃えた上で専門家に相談し、作戦をじっくり検討する必要があります。

 

5.相続放棄の取消は難しい

以上のように、相続放棄の取消が認められるケースもあるにはあるのですが、認められる件数自体が少なく、かなり難しい手続きといえます。

 

取消原因があった場合でも証拠の提出が必要になりますので準備が必要になります。

また、証拠が準備できたとしても、続放棄を行う意思決定過程において、取消が認められる程度の重大な影響があったと立証することは困難です。

相続放棄の取消を検討している場合は、詳しい専門家のサポートが不可欠です。

 

相続放棄を行う際は事前の慎重な判断がとても大切です。

相続放棄をするかどうか迷っている場合は、相続放棄の申述をしてしまう前に、相続の専門家に相談されることをお勧めします。

 

6.相続放棄の取消ができる期間には限りがある

相続放棄の取消しは、期間内に定められた手続を行わなければ、相続放棄の取消しは認められません。

 

相続放棄における取消権の期間は以下のとおりです。

・追認できるときから6ヶ月以内

・相続放棄が受理された日から10年以内

 

期間を過ぎてしまうと、取消権が時効によって消滅します。

相続放棄の取消を検討している場合は、この期間にも注意が必要です。

 

7.相続放棄は一度きり!

繰り返しになりますが、相続放棄の判断は慎重に行いましょう。

相続放棄自体はそこまで難しくないものの、一度受理された相続放棄をなかったことにするのはとてもハードルが高いです。

安易に「取り消せばよい」などと考えてはいけません。

判断は慎重すぎるくらいでちょうど良いと言えます。

 

相続放棄ができるのは、相続人が被相続人の死亡を知ってから3カ月以内です。

この短い期間で相続放棄をするべきか、しなくてもいいかについて判断を下さなければなりません。

冷静な判断ができないうちに相続放棄をしてしまい、後悔をしている方が実際に何人もいらっしゃいます。

 

もし、判断に迷われている場合は、当事務所へぜひお気軽にご相談ください。

誤った判断で相続放棄しなければ、取り消す必要もありません。

相続放棄を決断する前に、準備できることや選択肢を確認しましょう。

当事務所では、財産調査や書類の取得・作成のお手伝いも可能です。

 

参考記事:1度きりの相続放棄申請|期限や不備に注意!

参考記事:相続放棄の手続き方法|申請期限や流れなど詳しく解説

 

まとめ

相続放棄の「撤回」は不可能ですが、「取消し」や「取り下げ」であればできる可能性があります。

相続放棄をするかどうかの判断は、慎重すぎるくらいでちょうど良いと言えるでしょう。

 

「取消」は難易度の高い法律行為のため、法律知識のない人が単独で行うことは困難です。専門家に相談しましょう。

「取り下げ」は相続放棄の申述が受理される前までならいつでも可能です。なるべく早く判断するようにしましょう。

 

難易度の高い判断は司法書士や弁護士などの専門家に任せましょう。

相続放棄にかかわる判断は、万が一、判断を間違ってしまうと大きな損をしてしまうかもしれません。

法律や判例を熟知している専門家にアドバイスを受けることで、トラブルを防ぎ、安全確実な遺産相続を進めることができます。

 

 



この記事を書いた人
しいば もとふみ
椎葉基史

司法書士法人ABC 代表司法書士

司法書士(大阪司法書士会 第5096号、簡裁訴訟代理関係業務認定第612080号)
家族信託専門士 司法書士法人ABC代表社員
NPO法人相続アドバイザー協議会理事
株式会社アスクエスト代表取締役
株式会社負動産相談センター取締役

熊本県人吉市出身、熊本高校卒業。
大手司法書士法人で修行後、平成20年大阪市内で司法書士事務所(現 司法書士法人ABC)を開業。
負債相続の専門家が、量においても質においても完全に不足している状況に対し、「切実に困っている人たちにとってのセーフティネットとなるべき」と考え、平成23年に相続放棄専門の窓口「相続放棄相談センター」を立ち上げる。年々相談は増加しており、債務相続をめぐる問題の専門事務所として、年間1400件を超える相談を受ける。
業界でも取扱いの少ない相続の限定承認手続きにも積極的に取り組み、年間40件程度と圧倒的な取り組み実績を持つ。

【 TV(NHK・テレビ朝日・フジテレビ・関西テレビ・毎日放送)・ラジオ・経済紙等メディア出演多数 】
 ■書籍  『身内が亡くなってからでは遅い「相続放棄」が分かる本』(ポプラ社)
 ■DVD 『知っておくべき負債相続と生命保険活用術』(㈱セールス手帖社保険 FPS研究所)

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