分割協議による財産放棄(遺産の放棄)と手続きを決める際のチェックポイント
「財産放棄(遺産放棄)」と「相続放棄」は似ている言葉ですが、法律上の意味は全く異なりますので、どちらの相続手続きをするべきかよく考えなくてはいけません。
例えば
- ● 相続する財産の中に故人の借金や連帯保証債務など負債があるケース
- ● 不動産など等分に財産分与できない財産が含まれるケース
などなど、、、「財産放棄(遺産放棄)」と「相続放棄」のどちらの手続きをすると良いか状況によって異なります。
安易に手続きをしてしまうと思いもよらない事態になることがありますので、ご自身で判断せずに相続放棄の専門家へ相談することをおすすめします。
ここでは、「財産放棄(遺産放棄)」と「相続放棄」の違いや、どのような場合にそれらの相続手続きを選択するとよいかを分かりやすく解説します。
【目次】
- 1.「財産放棄(遺産放棄)」と「相続放棄」の違いは?
- ⑴「財産放棄(遺産放棄)」とは相続人間で話し合って決める手続き
- ⑵財産放棄(遺産放棄)をしても債権者から請求は止まらない
- ⑶相続放棄とは法律上の手続き
- ⑷相続放棄手続きが認められると最初から相続人ではなくなる
1.「財産放棄(遺産放棄)」と「相続放棄」の違いは?
⑴「財産放棄(遺産放棄)」とは相続人間で話し合って決める手続き
『財産放棄(遺産放棄)』とは、相続人間で「わたしは財産を相続しません」と話し合いで決めた場合の手続きのことをいいます。
「遺産分割協議書」という個々の相続財産について各相続人がどのように相続するかという内容を決めた書類を作成し、それに署名押印(実印)することで、それぞれの財産について「相続する」「相続しない」という意思表示をします。
遺産分割協議終了後に別の遺産があることが判明した場合は、その財産についてどうするか、再度話し合い決める必要があります。
⑵財産放棄(遺産放棄)をしても債権者から請求は止まらない
故人に負債(借金や連帯保証など)がある場合で、相続放棄でなく「財産放棄(遺産放棄)」をしていた場合は債権者から支払うようにという請求を拒否することはできません。
よくある場合で、「自分は関わりたくないので他の兄弟に全て相続してもらっても良い」などと兄弟間で話合い、遺産分割協議書で手続きしている方もいらっしゃいますが、裁判所に相続放棄手続きを申請していない場合、債権者からの請求は止まりません。
遺産分割協議書に借金は支払わないと明記していたとしても、法律上相続人でなくなるわけではありませんので、債権者は請求する権利があります。
借金や連帯保証債務などは、あくまで財産ではなく負担(義務)であり、権利を持っているのは債権者側になりますので、その債権者を無視して勝手に相続人の間で借金を引き継ぐ人を決めることはできないとされています。
あくまで、借金などの債務は、法律で定められた相続分(これを「法定相続分」といいます)で引き継ぐことになっており、これと違う内容で引き継ぐ人を決める場合は、債権者の同意が必要となります。
また、債権者が同意するかどうかは、債権者が自由に決めることができますので、もし債権者が同意しなければ、遺産分割協議書でどんな取り決めをしていたとしても、法定相続分の範囲内で支払う義務があることになります。
故人の遺した負債の相続について、確実に債権者からの請求を止めるためには正式な「相続放棄」手続きをおすすめいたします。
相続放棄手続きは、全国の家庭裁判所にて年間20万件以上申立てられている手続きで、家庭裁判所の数ある手続きの中でも一番件数が多く、決して珍しいものではありません。
<参考:相続放棄の手続き方法|申請期限や流れなど詳しく解説>
⑶相続放棄とは法律上の手続き
「相続放棄」とは家庭裁判所に申述をして相続放棄が認められることにより「最初から相続人でなかった」として扱われる法的な手続きです。
家庭裁判所へ相続放棄の申し立てをして正式に受理(許可)されたら法律上相続放棄が認められたことになります。
その際に家庭裁判所から、その証明として「相続放棄受理通知書」が申立をした相続人に発行されます。
後日、債権者より故人の債務について支払いの催促が来ても、その証明書がいわばあなたの身を守る「印籠」となりますので支払う必要はありません。
また、負債の相続は、故人の借金だけでなく連帯保証債務も含まれますので、誰かの連帯保証人になっている可能性が考えられる場合や、明らかにプラスの財産よりも借金が多い場合は相続放棄手続きをしていると安心です。
⑷相続放棄手続きが認められると最初から相続人ではなくなる
最初から相続人でなかったと扱われるため、負債だけでなくプラスの財産も相続する権利はなくなります。
そして、法律上、次の順位の相続人に相続権が移っていきます。
もし次の順位の相続人も相続したくないと考えている場合には、別途相続放棄のお手続きをとって頂く必要がありますのでご注意ください。
また、相続放棄は「全てを放棄する」ということになりますので、「不動産だけは相続したい」などということはできません。
財産によって相続するかしないかを個別に決めたい場合は遺産分割協議で個々の財産についてどうするかを話し合い決定する必要がありますが、この場合は、原則通り故人の債務は相続することになりますのでご注意ください。
借金はあるが、どうしてもある特定の財産を手放したくないときなどは「限定承認」という手続きが適している場合もございます。
このように、相続財産に負債がある場合の相続手続きは判断が難しく、安易に手続きをしてしまうと自身の思っている結果にならないこともあります。
間違いのない判断をするためにも、一度経験豊富な司法書士や弁護士などの専門家に相談することをおすすめいたします。
2.「相続放棄」「財産放棄」、どちらの手続きを選択するべきか。
「遺産分割協議書」とは、遺産分割協議で決定した内容を記録した書類のことです。
つまり、誰がどの遺産を相続したかを記載し、相続人全員が署名捺印(実印)をします。
⑴財産放棄(遺産放棄)をした場合の遺産分割協議書
遺産分割協議で財産放棄(遺産放棄)をする旨を主張し、その内容の遺産分割協議書に相続人全員で署名捺印する形となります。
ただし、何度も申し上げるように、「財産を相続しない」内容の遺産分割協議書であったとしても、法律上は相続人から外れることができるわけではありません。
したがって、被相続人に借金などの債務があった場合には、債権者からの支払い請求を拒否することはできません。
借金を相続せず、債権者からの請求を止めるには、家庭裁判所で正式な「相続放棄」の手続きを行う必要があります。
《参考:【遺産分割協議と相続放棄】裁判所の手続き以外は却下される ➜ 》
⑵相続放棄をした場合の遺産分割協議書
相続放棄をすると、初めから相続人でなかったことになりますので、遺産分割協議書に署名する必要はありません。
相続放棄した人を除いた相続人全員で遺産分割協議を行い、遺産分割協議書を作成します。
3.「財産放棄(遺産放棄)」と「相続放棄」、どちらの手続きを選択するべきか
相続財産に負債がない場合はそのまま全ての財産を相続(単純承認)することが多いかと思いますし、明らかに多額の負債がある場合などは「相続放棄」の手続きをとる方が多いと思います。
しかしながら、実際の相続の場面では「負債がどのぐらいあるかどうかわからなくて不安」や「一部の財産は相続したい」など、判断が難しい場面もよくあるのが実情です。
例えば、
- ① 両親の離婚で生き別れて何十年も交流のない親についての相続
- ② 疎遠な叔父叔母(子供のいない)の相続
- ③ 親が商売を営んでいて借金もあるがどうしてもお店を継がないといけない場合の相続
などがそれに該当します。
それぞれの場合に適した手続き方法を選択しなければ後々、思わぬリスクを抱えてしまうことになりますのでご注意ください。
どの手続きを選択するか判断は難しいので、そういったご不安をお持ちの方はまずは相続放棄に詳しい司法書士や弁護士に一度相談されることをおすすめいたします。
⑴故人に多額の借金がある場合
プラスの相続財産より明らかに借金のほうが多い場合や、遺産分割協議により引き継ぐプラスの相続財産の金額より法定相続分で計算した借金等の債務が大きい場合などは、相続放棄の手続きをまず検討しましょう。
ただし、債務超過であってもどうしても遺産の中に実家や故人の経営していた会社の株式などの引き継ぎたい遺産がある場合には「限定承認」を検討することをおすすめいたします。
⑵故人にプラスの財産があり、借金がない場合
相続財産に借金がなく、財産だけがある場合はそのまま相続(単純承認)しても基本的に問題ありません。
ただし、本当に借金や連帯保証債務などがないか、調査をきちんとする必要があります。
そのまま相続(単純承認)をした後に、隠れた負債が発覚した場合は特別な理由がない限りは相続放棄を申し立てても認められません。
負債がないと思って相続をして数年経過後に突然、債権者から通知が送られてきて負債を支払うように言われて困っているというご相談は実際によくいただきます。
少しでも故人に借金や連帯保証債務などがあるとご不安に思われるときは安易に相続(単純承認)をしないようにしましょう。
また、遺産分割協議によって遺産放棄を進められる方も後で隠れた借金等があれば法定相続分で引き継ぐ事になりますのでご注意下さい。
後述しています、「故人にプラスの財産と借金がどれくらいあるかどうか、はっきりしない場合」を参考にしていただきたいと思います。
⑶故人にプラスの財産と借金がどれくらいあるかどうか、はっきりしない場合
相続財産に比べて負債がいくらぐらいあるか分からなくて不安な場合や、一部の財産をどうしても残したい場合などは、限定承認をご検討されることをおすすめします。
限定承認の手続きも相続放棄と同様、家庭裁判所に申述をして行う手続きになります。
限定承認の手続きを行った場合は、万が一、後日に多額の負債が発覚した時でも、相続した財産の限度で支払いをすれば良いとされており、通常の相続と比べて負債へのリスクを最小限に抑えることができます。
ただ、通常の相続手続きと比べると、他の相続人との調整や官報公告、債権者への配当手続き等、複雑な手続きとなりますので実績のある専門家にご相談されることをおすすめいたします。
《参考:相続放棄と限定承認の違い ➜ 》
⑷故人との共有財産がある場合
相続放棄を選択する場合、故人の遺産の中に共有財産がある方は多いと思います。
例えば
- ●夫婦で故人と自宅を共有名義にしているケース
- ●前回の相続手続きで先祖代々の土地を相続人複数の共有名義にしているケース
など、もしその状況の中で、共有者のひとりに相続が発生し、その相続人全員が相続放棄をしてしまうと、故人名義の共有持分は誰も相続できない状態(法的には、これを「相続人不存在」と言います。)になってしまいます。
この場合、いざこの不動産を売却したくても、故人の共有持分を処分する権限が他の共有者の方にはないため、通常どおり売却することができなくなってしまいますので注意が必要です。
この場合には、通常であれば相続人全員が相続放棄した後に、家庭裁判所で「相続財産清算人(旧相続財産管理人)の選任申立て」を行い、裁判所で選任された相続財産清算人(旧相続財産管理人)を選任してもらった上で、一緒に売却を進めていったり、財産管理人と交渉して持分を買い取ったりする必要がありますが、申立ての時に裁判所に納める予納金(費用)が多額になることが多いことや、売却に至るまでの手続きが長期になることから、なかなか現実的ではないというのが実情です。
また、相続財産清算人(旧相続財産管理人)には、裁判所の判断で物件のある地域の弁護士、司法書士の先生は選任されるケースが多く、その先生との意見調整が必要となります。
こういった状況を避けるのであれば、限定承認の手続きを検討されることをおすすめします。
限定承認の手続きにおいては、どうしても残したい一部の相続財産がある時に、手続きの中でその持分を買い取ってそのまま残すことが可能ですし、他の共有者と共同でその財産の売却手続きを進めることもできます。
この場合、買い取る金額は、家庭裁判所で選任された鑑定人の評価額をベースに決められます。
どういった手続きがいいかについては、事前に実績のある司法書士や弁護士にご相談されることをおすすめします。
⑸故人が自営業をしていた場合
亡くなった時点では判明していない借金や連帯保証債務がある可能性は十分にあります。
相続手続きが終了して数年経過後に、突然聞いたこともないような債権者から督促状が送られてきたり、裁判所からの通知が届いたりすることは珍しいことではありません。
そのような場合、相続放棄でなく「財産放棄(遺産放棄)」をしていた場合、「相続の意思がないので全て放棄をした」と主張しても、債権者の支払い請求からは免れることはできません
⑹故人の事業を継承する場合の注意点
被相続人が会社を経営しており、資金繰りのため多額の現金を会社へ貸付けしている場合、この貸付け金は相続の対象になります。(一般的に「社長貸付金」といいます。)
相続放棄手続きを取らなかった場合、相続人は会社に対して貸しているお金を請求できる権利を得ますが、この「社長貸付金」は相続税の対象にもなります。
社長自身のお金を会社へ貸し付ける場合の多くは会社の資金繰りが悪化している場合のため、実際には会社からの貸付金返済は見込みが薄い場合がほとんどです。
にもかかわらず相続した場合はその社長貸付金は相続財産とされ、場合によっては相続税を支払わなければなりません。
実際に得る現金がなくてもその債権が相続財産の対象となり税金が発生してしまうのです。
また、被相続人の経営していた会社が相続後に自己破産手続きをとって、仮にその債権が消滅したとしても、原則的にはあくまで相続の段階では債権は相続財産として存在したと扱われるため、相続税を支払わなければなりません。
相続放棄をした場合は初めから相続人ではなくなりますので事業継承や債権について考える必要はありませんが、相続放棄をせずに生前会社を経営していた被相続人の事業承継をお考えの場合、相続財産や手続きが多岐にわたりますので、相続の専門家へ一度相談をすることをおすすめいたします。
⑺生前に相続放棄をしたい場合
「両親に負債があるのがわかっているので、今はまだ健在ですが前もって相続放棄手続きをしたい」というご相談をよくいただきますが、生前に相続放棄をすることはできません。
あくまで家庭裁判所の「相続放棄」という手続きは、亡くなった事を知ってから(相続が開始したことを知ってから)3ヶ月の範囲の中で認められている手続きであり、本人が生きている間から申立てが認められているわけではありません。
しかしながら、相続放棄をしようと決めていたとしても、生前に一定の準備をすることで一部の資産を相続人の手元に残した上で相続放棄を行うことができる場合もありますので、相続について詳しい司法書士や弁護士に相談することをおすすめします。
《参考:【生前の相続放棄】相続が発生する前にできることは? ➜ 》
《参考:【遺産分割協議と相続放棄】裁判所の手続き以外は却下される ➜ 》
《参考:相続放棄と限定承認の違い ➜ 》
4.「相続放棄と財産放棄の違い」まとめ
「相続放棄」は最初から相続人でなかったとして扱われる法的な手続きです。
家庭裁判所で手続きを行い、認められることで正式に相続関係から外れることができ、結果として借金等の債務も含め財産を放棄することができます。
財産放棄(遺産放棄)は、相続人の間で「相続しない」と意思表示をするものです。
具体的には遺産分割協議書等で手続きを進めることになります。
家庭裁判所の手続きに比べ書面一枚でできる簡易な手続きになりますので、ついつい選択しがちです。
しかしながら、被相続人に借金等があった場合、借金自体は放棄したことにはなりません。
借金の相続も放棄するには家庭裁判所で「相続放棄」の手続きが必要です。
「財産放棄(遺産放棄)」と「相続放棄」の違いは明確に把握した上で判断しましょう。
思わぬトラブル巻き込まれてしまう可能性があります。
間違いのない判断をするためにも、経験豊富な司法書士や弁護士といった専門家に相談してみてはいかがでしょうか。
当センターを運営しております司法書士法人ABCには実務経験豊富な相続の専門家が多数在籍しており、お客様に最適なご提案をする事ができますので、是非お気軽に無料相談をご活用下さいませ。
《参考:注意すべきポイント2 3ヶ月の期限を越えた相続放棄は非常に困難! ➜ 》
《参考:3ヶ月期限を過ぎた相続放棄「期限越えは経験豊富な専門家へ」 ➜ 》