【生前の相続放棄】相続発生前にできることは?|相続債務の生前対策を解説
生前の相続放棄を考える状況について
「相続放棄を生きているうちにしておきたい」
そういうご相談を受けることも多々あります。
しかし、生前(相続開始前)の相続放棄はできません。
相続放棄はできませんが、生前のうちから債務整理や生命保険等を駆使して「生前のうちに」相続対策を行うことはできます。
親が多額の借金をしているが、返済できる見込みがない。
親が亡くなってしまった後、相続放棄をしないといけない。
今から出来る相続の対策はないだろうか??
この記事では、そういった方のために生前の相続対策方法をご紹介します。
1.生前に相続放棄手続きはできるのか?
相続放棄は生前に行う事はできません。
法律では、相続が開始した後の相続放棄しか規定されておらず、生前に相続放棄できる制度は存在しません。
つまり、相続放棄は相続が開始してから行うものなのです。
相続は、誰かが亡くなってから開始されます。
生前のうちに「相続はしない。相続放棄する」といった念書を書いたり、他の相続人に口頭で伝えていたりしたとしても、相続放棄をしたことにはなりません。
相続放棄は、相続開始後(被相続人が亡くなったあと)に家庭裁判所で手続きをしない限り、法的には認められません。
2.生前に行える相続放棄の代わりの対策
相続放棄は生前に行う事はできないとお伝えしました。
では、生前に相続放棄したい場合はどうしたらいいのでしょうか。
ここでは、生前に行える相続放棄の代わりの対策をまとめました。
「親族に借金を相続させたくない!」
「借金は相続したくないけど、プラスとなる財産は相続したい!」
といった方は、ご自身に合った対策を検討してみてはいかがでしょうか。
生前に対策を行うことで、家族に借金を残さずに済んだり、または財産を残せる可能性が出てくるかもしれません。
(1)債務整理
生前に借金を返済できる見込みが無ければ、債務整理を検討しましょう。
任意整理や個人再生を行うことによって返済の負担を軽減したり、自己破産をすることで借金をゼロにできることもあります。
生きているうちに借金をきれいにしてしまい、家族に借金を残さないようにする手段です。
また、債務整理後に獲得したプラスの財産は相続できる可能性も出てきます。
なお、債務整理をすることができるのは、原則として借金の名義人である本人のみです。
ご家族が借金で苦しんでいる状態に陥っていたら、「債務整理を代理してあげたい」となる方もいらっしゃるかと思います。 ですが、残念ながらご家族が債務整理を代理することはできません。
ご家族が返済できる見込みのない借金に苦しんでいる場合には、まずは本人に債務整理を勧めてあげて下さい。
もっとも、本人の判断能力が不十分な場合は、「法定後見制度」を利用して債務整理をすることができる可能性はあります。
債務整理には、主に「任意整理」、「個人再生」、「自己破産」の3つの方法があります。
▶任意整理
任意整理は、貸金業者と任意の交渉をして、利息をカットしたり、月々の返済額を減らす和解をする方法です。
他の債務整理制度である「自己破産」や「個人再生」とは違い、裁判所を介さずに当事者間で行われます。
そのため、「自己破産」や「個人再生」より時間がかからず、早ければ2、3ヶ月で終結することもあります。
ただし、任意整理は利息を減らすことが中心となるので、借金総額を大幅に減額することはあまり期待できません。
そのため、多額の借金があり、利息分を減らしても返済が困難という方の場合は、任意整理は不向きです。
また、任意整理はあくまで当事者間の話し合いですので、話に応じない貸金業者もいます。
そのような貸金業者に対して優位に立つためにも、司法書士等の専門家に依頼して行うことをおすすめします。
なお、任意整理をするには条件があり、借金を3年~5年で返済できる程度の安定した収入を必要とします。
▶︎個人再生
個人再生は、裁判所に再生計画の認可決定を受け、借金を大幅(概ね5分の1程度)に減額する手続きです。
減額された借金を3年〜5年程度の期間をかけて返済すれば、残りの借金については支払義務がなくなります。
自己破産とは違い、個人再生の場合は住宅や車などの資産を持ったまま手続が出来るため、自宅や車を手放さずに借金を大きく減額したい方にはおすすめの債務整理方法です。
高齢者の場合でも、年金収入があれば個人再生の手続きを利用することは可能です。
ただし、借金の額に対して年金受給が少ない場合には、個人再生ができない可能性もありますので注意が必要です。 詳しくは司法書士等の専門家に相談するとよいでしょう。
▶︎自己破産
自己破産は、裁判所に破産申立書を提出して全ての借金をゼロにする手続きです。
自己破産をするための条件は、支払い不能という状態になった場合とされており、明確な基準は設けられていません。
自己破産をすれば高額な借金であっても支払いをしなくて良くなると言う大きなメリットがある反面、自己破産を行うと、99万円以上の現金や時価20万円以上の財産の財産はすべて没収されてしまいます。
自宅や車も手放さなければならなくなってしまいます。
持家や自動車を手放さずに債務整理をするなら自己破産ではなく、任意整理や個人再生がおすすめです。
債務整理の注意点
・信用情報について
債務整理をすると、信用情報機関の事故情報(いわゆるブラックリスト)に登録されてしまいます。
ブラックリストに登録された場合、5〜10年の間はクレジットカードの作成・利用や新規の借入れなどができなくなってしまいます。
・保証人付きの借金がある場合
債務整理をするのであれば、最も気をつけたいのは保証人への影響です。
債務整理対象の債権に保証人がついていた場合、「自己破産」や「個人再生」をすると、保証人に借金が一括で請求されてしまいます。
債務整理をする場合には、必ず借金に保証人が付いていないかを確認しましょう。
保証人への影響が大きいため、債務整理の際にどの方法を選ぶかについては、行政書士や弁護士などの専門家に相談して、慎重に検討するとよいでしょう。
・滞納している税金については原則債務整理できない
自己破産や個人再生手続きにおいても滞納している税金などはそのまま維持されますので、手続き後も支払っていかなければなりません。
(2)生命保険の利用
借金を残して亡くなった場合でも、生命保険に加入しておけば、ご家族にお金を残すことが可能です。
借金については相続放棄を行い、生命保険金を受け取る形で財産を受け取ります。
実は、生命保険金はほとんどのケースにおいて相続放棄をしても受け取ることが可能です。
通常、相続放棄をすると、被相続人の借金の支払い義務は無くなりますが、預貯金や不動産などの相続財産も受取る事ができなくなります。
しかし、生命保険金は相続財産ではなく、受取人の個人財産になるので受け取ることは問題ありません。
ただし、生命保険の受取人が契約者本人(被相続人)に指定されている場合には、生命保険金は被相続人の財産として扱われるケースがあるため、場合によっては相続放棄をすると保険金の受け取りは認められないことに注意が必要です。
受取人が誰に指定されているかを必ず確認するようにしましょう。
また、相続放棄をして受け取る死亡保険金は、相続税の課税対象になります。
多額の保険金の受取りがある場合には、相続税を支払う必要があるので注意してください。
相続放棄された場合でも、家族にお金を残したい方は生命保険に加入して死亡保険金を残すことをおすすめします。
(3)生前贈与
相続は被相続人が亡くなることで発生しますが、生前贈与は被相続人が亡くなる前に財産を贈与することをいいます。
生前贈与を受けていても、その後に相続放棄ができなくなることはありません。
生前贈与と相続放棄は、それぞれ別の制度なので両立して行うことが可能です。
ただし、生前贈与を行う時点でプラス財産(資産)よりもマイナス財産(負債)の方が多い債務超過に陥っていた場合は、債権者により贈与の取消しをされる可能性があります。
そのため、相続放棄を前提とした生前贈与を行う場合は、生前贈与を行う時点で資産額が負債額より多いタイミングで財産を譲渡しておくことをおすすめします。
また、1年間に1人あたり110万円以上の生前贈与を行うと、110万円を超えた金額に贈与税が課税され、贈与を受けた人がお金を支払う必要が発生する点にも注意が必要です。
また、生前贈与は契約書を残さずに対応することも可能ですが、後々のトラブルを避けるために贈与契約書を作成して対応することをおすすめします。
3.番外編
この項は番外編です。
相続放棄以外に相続人の資格を失う場面には、どんなものがあるのかをご紹介します。
(1)推定相続人の廃除を申し立てる
特定の相続人に遺産を渡したくないという場面では、家庭裁判所に推定相続人の廃除の申立てをするという方法もあります。
この手続きを踏めば、遺産を相続する予定の人から相続権を剥奪することができます。
ただし、認められるには以下の条件があり、誰でも廃除できるわけではありません。
・被相続人に対して虐待をしたとき
・被相続人に重大な侮辱を加えたとき
・その他の著しい非行があったとき
家庭裁判所が廃除を認めれば、その人は相続権を失います。
廃除を認めるかどうかは裁判所が慎重に判断するため、認められる場合は多くありません。
なお、この手続きの申し立てができるのは、被相続人本人のみです。
たとえば、仲の悪い兄弟には相続財産を渡したくないので、相続廃除を申し立てるといったことはできません。
(2)相続欠格になる
相続欠格とは、相続人が犯罪行為をした場合などに相続人の資格が無くなることです。
次の事由に該当した場合、その人は遺産を相続することができません。
【相続欠格事由】
・故意に被相続人や他の相続人を死亡、または死亡させようとした場合
・被相続人が殺されたことを知っていたのに告発や告訴をしなかった場合
・詐欺や脅迫によって被相続人の遺言を取り消し・変更を妨げた場合
・詐欺や脅迫によって被相続人に遺言をさせた場合
・被相続人の遺言書を偽造・変造・破棄・隠蔽した場合
上記の事由に該当した場合は、当然に相続権を失います。
推定相続人の廃除のような申立てや手続きは不要です。
なお、一度でも相続欠格となった場合、その人は相続人の資格を取り戻すことはありません。
4.遺言書だけでは不十分!?
遺言書があっても、債権者からの請求を免れることはできません。
遺言書に「家族には財産を一切相続させない」といった旨を記載していたとしても、債権者からの請求には対抗できません。
また、たとえば長男と次男の2人が相続人で自宅などの財産と借金の両方がある場合に、「長男に自宅を相続させる代わりに借金も含めた全財産を引き継がせる」といった遺言書を作成していたとします。
この場合、その遺言書のとおりに相続が執行されれば相続において無用な争いを避けることはできます。
ですが、次男は債務を引き継がなかったからといって安心できるわけではありません。
債権者は遺言書の内容に拘束されないのです。
債権者は遺言書の内容に関係なく、長男と次男の両方に請求することができます。
債務を特定の相続人が引き継いだとしても、その相続人が返済できなくなった場合、その他の相続人にも請求がいってしまいます。
5.遺留分放棄とは?
遺留分放棄とは、子供や配偶者等の一定の相続人に認められる最低限の相続財産の取得割合(遺留分)を放棄することを指します。
遺留分の放棄はあくまで遺留分のみを手放すことです。
相続人としての地位は残りますので、借金等の負債は相続しますので注意が必要です。
遺留分の放棄には、被相続人の生前に行うものと、被相続人の死後に行うものがあります。
生前に遺留分を放棄する場合には、裁判所に遺留分放棄の許可を申立てた上で、裁判所の許可を取る必要があります。
生前に遺留分を放棄する旨を記載した念書を書いていたとしても、無効です。
家庭裁判所の許可がなければ法的な効力はありません。
被相続人の死亡後に遺留分を放棄する場合は簡単で、家庭裁判所の許可は不要です。
6.それでも死後に相続が発生した場合は相続放棄を行う
被相続人が亡くなった後は、相続放棄が可能です。
相続放棄は原則として、相続の開始があったことを知った日から3カ月以内にしなければなりません。
この期間内に相続財産の調査をし、相続するかどうかを判断する必要があります。
期間が足りない場合は、期間の伸長の申立てをすることも可能です。
相続財産を一部でも処分してしまうと、単純承認をしたと見なされ、相続放棄をすることができなくなってしまいます。
相続放棄を検討している場合は、相続財産を処分しないように注意してください。
また、相続放棄の手続きはミスが許されません。
相続放棄の手続きは自分で行うよりも弁護士や司法書士などの専門家に依頼することをおすすめします。
まとめ
相続放棄は生前に行う事はできません。
相続放棄をするのであれば、被相続人が亡くなった後に手続きをしましょう。
「借金を相続させたくない」「財産を少しでも残したい」と考えている場合は、生前のうちから対策を検討しましょう。
生前に家族間で対策をしておけば、いざ相続となった際も安心です。
借金があっても、債務整理や生命保険などの裏ワザを活用することで、財産を家族に残せる可能性があります。
また、財産状況を把握しておくことも大切です。
相続放棄をするか、しないかの判断をするためには、プラスの財産とマイナスの財産を正確に把握しておくことが不可欠です。